山姥 yamanba

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春は 梢に 咲くかと 待ちし

花を 尋ねて 山廻り

秋は さやけき 影をたずねて

月見るかたにと 山廻り

冬は 冴え行く 時雨の雲の 

雪を 誘ひて 山廻り

 

     ……(謡曲引用)

 

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<語り>

昔、都に百魔山姥という白拍子がいた。

「山姥の山廻り」という曲舞を得意とした為、

そう名乗っていた。

その百魔が、善光寺参りのため、

越中と越後の境川に至ったとき、

謎の女が現れてこう名乗った。

「お前が有名な、百魔山姥か、

私は本物の山姥だ」そして、こう続けた。

お前がこの山姥の舞で名を馳せながら、

山廻りのまことを知らぬのが、解せぬ…

その曲舞のひと節を謡って、この妄執を、

どうか晴らしてくれ…。

恐れ慄いた百魔がひと節、謡おうとすると、

謎の女はなぜか、それを遮った。

そして、月の出る頃、正体を現して

自分が舞ってみせよう、

と告げて消えていった…。

 

 

†山姥†

 

 おまえが  百魔山姥か 

 

 我は この山に住む

 山姥じゃ

 

 都で 名を 馳せた

 と聞く 

 

 その クセ舞の

 上手 とやらで 

 

 この我の 物憂さ 

 晴らせるか

 

 表ばかりの 世を渡り   

 山廻り など 

 知らぬ おまえ

 

 山という山 足を入れ 

 里の 暮らしを 

 知らぬ 我

 

 いっそ 

 月の出る 刻に 

 

 鬼の 形相 

 見せようか 

 

 まことの舞の

 山廻り

 

<語り>

やがて夜になり月が昇ると、

謎の女は鬼の姿で現れ、静かに舞い始めた。

謎の女は、正に、本物の山姥だった。

百魔は、ただただ、ひれ伏して、

その神々しさを讃えずにはいられなかった。

 

 

百魔†

 

 山の主の 瞳は 

 星のごとく 

 光りて 

 

 雪のごとく 白い髪は 

 月に照らされ 

 輝いて

 

 いつ この世に

 生まれたのか 

    

 幾代幾年の 

 齢か…

 

 まことの姿の 御前に 

 

 なす術もなく

 

 ひれ伏せば 

  

 おぉ…   

 

 

<語り>

百魔は、西に東に聴こえてくる

山姥の噂はまことか、

と尋ねてみることにした。

 

 

 東に 

 重荷の樵 あれば

 ひょいと

 後ろを 持ってやり

 

 西に 

 彷徨う者 あれば 

 山の 抜け道 

 みちびいて

 

 南に 

 こどもの声を 聴けば 

 共に はしゃいで

 遊び 回り

 

 北の 

 みなしご娘には 

 糸の 紡ぎ

 手ほどきする

 

 そんな噂は あなたか    

 

 

<語り>

山姥は百魔の問いに答えた

 

 

†山姥†

 

 そうとも 

 我らの 仕業ぞ 

 

 なれど 我の

 この身は 

 人にあらず

 

 さりとて 

 よろづの神に 

 あらず 

 

 我とて

 侘しき 夜は 

 ひとり 哭く

 

 表 ばかりの 

 ひとの世の 

 裏の どよめきが 

 こだまする

 

 闇に 紛れて

 ゆめうつつ 

 

 邪正一如の 

 ゆめうつつ  

 

 いっそ 

 月の出る刻は 

 

 ときのまにまに 

 山廻り

 

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 柳は緑 花は紅

      ……(蘇東坡 引用)

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<語り>

いつの間にか…山姥は…

百魔の前から姿を消していた…

時に人をさらい、物を盗み、たぶらかす、

その一方で、無邪気にこどもと遊び、

樵の荷物を持ってやり、山に迷う者を導き、

機織り娘には手ほどきをするという…。

そんな山姥に、いつか、

ばったり逢いたいものだ…。

懐かしき、あの山姥に…。

 

分け入るは 

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山また山 いままで 

ここにあるよと 見えしが

     ……(謡曲引用) 

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知らぬまに 

もう知らぬまに 

 

行方知らずに 

なりにけり 

 

行く知らずに 

なりにけり

 

春は 梢に 

咲くかと 

待ちし…