※最下部に、解説を載せています※
もう 案ずるな
心根 やさしき
清貫 ゆえの
恨み言 なれど
もとより
この身は
前世の 拙さ
此の世で 後の世
助けんと はかる
父の 慈悲ぞや
これが
おお… そうか
箕 というものか
そして 千年の坂
行く 杖か
おぉ…
訪ね 来たのは
博雅三位
我が身の ために
藁屋を 建てる
ありがたや…
かまわず
捨てゆけ
この 逢坂山に
なれども
日暮れて
この かたじけなさに
涙 こぼるる…
琵琶の音 だけが
心の なぐさめ
琵琶の音 だけが
おぉ…
ーーーーーーーーー
かかる 憂き世に
逢坂の
知るも 知らぬも
これ 見よや
…(謡曲より引用)
ーーーーーーーーー
知るも 知らぬも
これ 見よや…
<能の演目「蝉丸」のあらすじ>
延喜帝(醍醐天皇)の第四皇子、蝉丸は、
生まれつきの盲目。あるとき廷臣の清貫は、
蝉丸を逢坂山に捨てよ、という勅命により
蝉丸を逢坂山に連れて行く。
これを嘆く清貫に、蝉丸は、自分の後世を思う
父帝の慈悲ゆえだと諭す(当時の捉え方には驚愕)
清貫は、その場で蝉丸の髪を剃って、出家の身
とし、蓑、笠、杖を渡し別れる。
蝉丸は、持たされた琵琶が唯一の慰めとなる。
蝉丸の様子を見にきた博雅三位は、その様子が
あまりに痛々しいので雨露を凌ぐ藁屋を用意した。
一方、延喜帝の第三皇女、逆髪は、
皇女に生まれながら、髪が逆さまに生えるゆえ、
狂人となって、辺りをさ迷う身となっていた。
都を出て逢坂山に着いた逆髪は、藁屋から聞こえる
琵琶の音を耳にし、弟の蝉丸だと気づき声をかける。
ふたりは互いに手を取り、わびしい境遇を語り合い
慰め合うが、やがて逆髪は暇を告げ、ふたりは
涙ながらに、互いを思いやり別れてゆく。
<登場人物>
*蝉丸:延喜帝(醍醐天皇)の第四皇子
生まれつき盲目のため、逢坂山に、
出家、という形で捨てられる。
*逆髪:第三皇女で蝉丸の姉
髪が逆さに生えあがるため、
子供らにも笑われ、
狂乱の姿で放浪の旅を続ける。
逢坂山に捨てられた弟の蝉丸を訪ね、
姉弟は偶然再会を果たす。
*清貫:蝉丸を逢坂山までお供した廷臣
蝉丸の身を不憫に思い、
父の帝に対する恨み言をつぶやく。
*博雅三位:廷臣
山に捨てられた蝉丸の様子を見に訪れて、
藁屋を用意してあげる人物。
<楽曲の紹介>
時代が不条理であるがゆえに、際立って感じられる
この姉弟の優しさ、穢れなさ、知性。
それを曲にしたいと思い、数年かけ形になりました。
盲目に生まれついたのは、前世の業であり、今生で
それを償うことで、良き来世を得られる、だから、
逢坂山に捨てるのは父の慈悲という、息子の見殺し
を当時の正論にすり替えた、むちゃくちゃな捉え方、
そしてそれを甘んじて受け入れている蝉丸の姿勢は、
現代ではとても同調できるものではないと思います。
さらに、この演目が天皇家の不幸を描いているとされ
上演禁止になった時代もあったらしく、物議を醸し出し
そうなことから、この演目は触れたくないな…と思った
ことも正直ありました。でも、自分が心魅かれたのは、
この姉弟の崇高な精神性で、表側にそのように見えてる
部分とは離れた部分なので、気にせず楽曲にしてまえ!
と思い直し、創作したものです。
逆髪が、嘲笑う子どもらに説く「順逆の理(ことわり)」が、
最も私の心に響くところです。
<余談>
*能の蝉丸の典拠:今昔物語、平家物語、源平盛衰記
*両者のテーマ :順逆の理、会者定離、他…
(逆髪の解説をご参照ください)
*蝉丸説話諸説有:今昔物語が実話に近い、とのこと。
*実際の蝉丸 :平安時代の歌人、音楽家
(諸説あるらしい:謡曲資料にまとめてます)
*実際の博雅三位:今昔物語では、逢坂の関に住む蝉丸が
(源の博雅) 琵琶の名人だと知って、蝉丸の演奏を
聴きたいと思い、逢坂に三年間通い、
遂に琵琶の秘曲を伝授された。