砧 kinuta

 

芦屋の里で ただひとり 

帰らぬ人よ 何ゆえと

 

空に問へど 晴れはせぬ

                                          

松風にのり 聴こえくる 

あれは 衣打つ 里の音

                    

想い出すのは 

かの故事(いわれ)

 

想いびとに

届くという 

砧の音

 

それなら 

われも 打ちましょう 

 

何度も めぐる 

秋の 夜に

 

夜な夜な 

われも 打ちましょう 

この 高楼から 

届くように

 

 

妻恋ひし 

と啼く 牡鹿よ 

 

われも 

共に 打ち鳴らそう

 

遠くまで 

聴こえるように 

 

想いびとに 

届くように 砧の音

 

望まぬ 便り 

届けられ 

 

寄る辺ない 日に 

果てゆかん

 

されど 変はらず 

身を焼くは 

 

この想い ゆえと 

落つる心

 

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無慚やな 

さしも契りし 爪琴の 

引き別れにし 爪琴の

 

つひの別れと 

なりけるぞや

 

帰りかねて 

執心の面影 

 

恥づかしや 

思ひ夫の

二世と契りても 

なほ 

 

末の松山 

千代までと 

かけし頼みは 

あだ波の 

 

あらよしなら 

虚言や 

 

そもかかる人の心か       

 

      …(能の演目の引用)

 

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あなた 

鳴らすは 梓弓 

 

夜寒を 思い 

打つ 音さえ

 

届かぬ 日々の 

恨み言 

 

分かつ 世界で 

告げようとは…

 

最後の 手向けで 

安らかに